西大芦
西大芦村は明治二十二年の町村制施行によって誕生した村で、古くから大芦郷といい、この村を流れる川を大芦川と呼んでいました。それで、村の名も東大芦村に対して西大芦村と称したものでしょう。
草久 古峯神社  草久 金剛山  草久 岩裂神社 

大芦は芦が繁茂しているので、このように呼んだものでしょう。しかし、一説には、芦(あし)は足(あし)で金(かね)に関係のある地名であるといわれています。鉱山と修験道、峰修行と信仰とには深い関係があるということですが、この地にその説があたるかどうか、明らかではありません。
ここには字名として石多々羅、蕗平などの地名があり、金山前という地名もありました。タダラ、フキなどより推察して、かつてはこの地で製錬が行われたものではないかと考えられます。タタラ製錬には砂鉄が用いられ、この砂鉄は花崗岩の良質なものが含まれており、現在でも花崗岩が多くみられます。製錬には大量の木炭を必要とするものですが、近年までこの地は木炭の産地でもありました。
草久  草久  草久 

草久
草久は草木のことか、あるいはくさぎ(古名をヤマウツギ、現在はコクサギ)という木によるものかいずれかによるものでしょう。
草木の地名は足尾の南、群馬県勢多郡東村にあり、ここには花輪の地名もあります。
草久  草久 子安観音堂  草久 お堂

半縄、中曽根、膳棚
半縄は、はなわのことで、山のさし出たところまたは小高いところの意です。川底の低下によってできた谷の両側をもいいます。ハナワには塙、花輪と書くところもあり、粕尾には半縄の地名があります。
草久  草久  草久 

曽根は石まじりの瘠地、または石まじりの堅い平地などをいいます。曽根の語源は石根(イシネ)の略したものです。膳棚は傾斜地で、そこにある田畑を膳棚田、段々畑と呼びます。
草久 八幡神社  草久 星宮社 草久 稲荷神社 

鹿沼の地名 18 西大芦

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