鹿沼の風景(町名)          

  試験
町名 参考 138/230改築終了12.7現在
朝日町001 黒川東岸、府中橋・朝日橋中間から西方面
朝日町002 黒川東岸、朝日橋・貝島橋中間から西方面
朝日町003 府中橋西側から西方面(ひろずし、旭寿司、ヤマト写真館)
麻苧町001 足銀北側歩道から西方面
麻苧町002 足銀北側歩道から西方面
麻苧町003 今宮神社参道南入り口から南方面
麻苧町004 今宮神社参道南入り口から西方面
油田町001 油田町地内から北方面
油田町002 油田町地内から東方面
東町1丁目
東町2丁目001 東町2丁目地内から北方面
東町3丁目001 東町3丁目南方面(石鉄、トヨペット)
旭ケ丘001 旭ケ丘地内
泉町001 塩なめ地蔵尊
泉町002 泉町地内
石橋町001 安喜亭、薬王寺
石橋町002 足銀交差点から西方面
石橋町003 薬王寺入り口から北方面
磯町001 東武日光線西側から東方面
磯町002 磯町地内 国道293号線から北方面
今宮町001 中央小学校東から
今宮町002 今宮神社南丁字路から東方面
今宮町003 鹿沼市役所、御殿山病院
池ノ森001 池ノ森小学校
池ノ森002 大溜池
板荷001 板荷小学校南、黒川沿い
板荷002 岩行橋から(笹目倉山、石尊山) 
板荷003 板荷畑地内
板荷004 板荷畑地内
板荷005 久保田堀
板荷006 三角地蔵尊
上野町
大和田町001 大和田橋東から東方面
御成橋町1丁目001 御成橋1丁目地内、西方面
御成橋町1丁目002 御成橋西から
御成橋町2丁目 御成橋2丁目地内
加園001 八幡宮から
加園002 加園地内から北方面
加園003 加園 上見立橋、見立橋中間から
加園004 加園地内 加蘇中学校
貝島町001 黒川東から西方面
亀和田町001 亀和田地内 神明宮
亀和田町002 00.00.00 亀和田地内 神明宮
上田町001 上田町東交差点、北方面
上田町002 上田町西交差点 北方面
上石川001 上石川地内から
上石川002 桜塚交差点北から東方面
上石川003 上石川地内 北方面
上石川004 上石川地内
上大久保001 神舟神社前、大芦川
上久我001 そば「久我」、常真寺
上久我002 久我小学校
上久我003 法長内橋下流
上久我004 加蘇山神社
上久我005 上久我山中 車で行ける一番奥かな?
上材木町001 上材木町地内
上材木町002 上材木町地内
上殿町001 上殿橋東から
上殿町002 警察署前から北方面
上殿町003 黒川東から西方面 クリーンセンター
上殿町004 18.2.11
上殿町005 18.2.11
上殿町006 18.2.11
上殿町007 18.2.11
上奈良部町001 上奈良部地内 北方面
上奈良部町002 上奈良部地内 北方面
上南摩町001 鹿沼運動公園西から
上南摩町002 上南摩町地区 今は無いお堂
上南摩町003 上南摩町 梶又小学校近くのお堂と石仏
上日向001 上日向 二股山、深岩
北赤塚町001 判官塚古墳、神明宮
銀座1丁目001 屋台のまち中央公園近く
銀座1丁目002 田町通りから銀座通り方面
銀座2丁目001 銀座通り北方面
銀座2丁目002 銀座通り南方面
草久001 草久の一番奥の河原
草久002 古峰神社駐車場
草久003 草久地内、大芦川中心
草久004 大鳥居
草久005 西大芦小学校、橋
草久006 西大芦小学校
草久007 下の字穴橋から上流
草久008 上の字穴橋から上流
草久009 鹿ノ入橋下流から
草久010 鹿ノ入橋から
草久011 上の字穴橋から下流方面
久保町001 中半食堂
久保町002 郵便局、交番
古賀志町001 武子川八千代橋近く
高谷001 高谷殿入口あたり
晃望台 マンションができる前の風景
佐目町 遠くに薬師堂、雷電神社
さつき町 稚子沼公園反対側から
笹原田001 笹原田地内
笹原田002 深岩
三幸町 徳蔵寺周辺
坂田山1丁目 坂田山1丁目地内
坂田山交差点 坂田山交差点から西鹿沼方面
坂田山2丁目001 交差点にコンビニ
坂田山2丁目002 坂田山2丁目地内
坂田山3丁目001 坂田山3丁目地内
坂田山3丁目002 坂田山3丁目地内
坂田山4丁目 坂田山4丁目地内
酒野谷001 高鳥屋山から
酒野谷002 酒野谷地内
酒野谷003 酒野谷地内 高鳥屋山
酒野谷004 酒野谷地内 東方面
酒野谷005 酒野谷地内 北
栄町1丁目
栄町2丁目
栄町3丁目001 茂呂山
幸町2丁目
下田町1丁目001 上都賀病院東交差点から
下田町1丁目002 高橋豆腐店、大日様
下田町2丁目001 岡田商店、飯塚商店
下田町2丁目002 冨士川そば店
下田町2丁目003 下田町2丁目地内
下田町2丁目004 山野井商店、冨士川そば店
下石川001 下石川地内
下大久保001 下大久保地内
下武子町00 黒川西岸から
下遠部001 新下遠部橋から
下遠部002 下遠部地内
下奈良部町 下奈良部町地内
下日向 日野橋から
下横町001  道路拡張工事中 区画整理中
下横町002 もうないお風呂やさん
下沢001 大関橋の北
下沢002 大関橋の南
下材木町 下材木町地内
下久我 普門寺
塩山町001 塩山神社から
塩山町002 鹿沼72cc方面
塩山町003 塩山町西方面
白桑田 男体山が見える
末広町 清林寺前から
末広町 やぶそば近く
千手町 千手町各所
千渡001 鹿沼街道沿い交差点
千渡002 千渡地内、鹿沼街道沿い
千渡003 千渡地内、鹿沼街道沿い
武子   愛宕神社から東方面
玉田町 東武線沿い
玉田町の風景002 玉田町東から
玉田町の風景003 瑞光寺周辺から
天神町001 市役所東交差点
天神町002 天満宮前
寺町 雲竜寺南から
戸張町
富岡001
富岡002
富岡003
栃窪001
栃窪002
栃窪003
鳥居跡町001
鳥居跡町002 18.2.11
奈佐原町001
中田町001
中田町002
中田町003
中田町004
仲町001
仲町002
仲町003
日光奈良部町001
日光奈良部町002
西沢町001
西沢町002
西沢町003
西沢町004
楡木町
仁神堂001
仁神堂002
仁神堂003
西鹿沼町001
西鹿沼町002
西鹿沼町003
西茂呂1丁目
西茂呂2丁目
西茂呂3丁目
西茂呂4丁目
野沢町
野尻
花岡町001
花岡町002
日吉町
引田001
引田002
引田003
引田004
引田005
東末広町001
東末広町002
東末広町003
府中町
府所町
府所本町
深津001
深津002
深岩001
深岩002
深岩003
深岩004
藤江町
文化橋町
蓬莱町001
蓬莱町002
蓬莱町003
松原1丁目
松原2丁目
松原3丁目001
松原3丁目002
松原4丁目
見野001
見野002
見野003 19.10.6 コスモスと古賀志山
緑町一丁目
緑町二丁目
緑町三丁目
南上野町
みなみ町001
みなみ町002
みなみ町003
睦町001
睦町002
村井町001
村井町002
村井町003
村井町004
村井町005 18.2.11
茂呂001
茂呂002
樅山町001
樅山町002
樅山町003
万町 小さい写真たくさん
流通センター 流通センター地内
鹿沼市史にはむかしの鹿沼のことが書いてあります。
◆「鹿沼市史 資料編 近世1」参考    大芦川流域・黒川上流域、市の北部および西部地域の村々

●地域の景観と歴史的展開  鹿沼周辺の自然環境  
鹿沼市は栃木県中央部やや西にあり、峠を越えて西よりに足尾町・粟野町、同じく峠を越えて北に日光市・今市市、東は宇都宮市、南は壬生町・西方町に接する。西側の足尾山地にある地蔵岳は1483mの高山である。
西北部にある夕日岳や地蔵岳から流れ出る大芦川や上久我山中より流れ出でる荒井川、鳴虫山(日光市)に源を発する黒川は市内を南東に流れ、鹿沼市の南側で南摩川をあわせた思川と合流する。

鹿沼地域はこうした河川の作り出す扇状地と河岸段丘によって構成される。おおざっぱにみると、この地域は水田の多い地域、畑作を主とする地域、山の生産を主力とする地域がある。

「板荷村」というような村名は木挽きの存在を語るものである。
畑作では麻が商品作物の筆頭で幕末にかけては朝鮮種人参の栽培がすすめられた。山の村からは材木・薪・炭・干わらび・干ぜんまいなどが商品として生産され、遠く江戸方面に運ばれた。

日光・足尾と鹿沼の道
鹿沼地域を考えるとき日光山の信仰を中心に考えてみることはかなり有効な方法であろうかと思う。

日光修験の成立と経済的基礎に足尾の鉱山がある。足尾鉱山は開山を江戸時代としているが、それは日光領百姓からの訴状のいうところで、すでに古代以来、金・銀・銅・鉄が採取されていた。
足尾で精錬された金属は「巴の宿」を越え、草久の村を通って日光清滝へと運ばれていった。金属の道である。草久地域を中心に多数の炭かまどが成立したのは鉱山のためである。貞享年間(1684〜88)の記録に、足尾鉱山不況のため炭焼きをおこない得ない旨の申告があり、越後五十沢銀山(新潟県六日町)付近の大月鉱山(同)には足尾から炭焼きがこの地を訪れたという伝承を残している。また新潟県塩沢町「金城山」周辺には二荒山神社・古峰原のほか足尾庚申信仰を伝える記録もある。
中世にあっては、生産活動の上で呪力の果たす役割は大きかった。だから鹿沼地域には古い時代からの宗教施設が多い。日光二荒山をひらいた勝道上人にかかわる遺跡、古峰原信仰の中心古峰ヶ原、石裂山などがある。さらに元和3年(1617)には家康の遺骸が鹿沼宿薬王寺を経て日光の廟に運ばれた。一周忌法要のために日光を訪れた秀忠は、日光から壬生通りを鹿沼宿・奈佐原宿・楡木宿を経て江戸に帰った。こうしてまた一つ宗教にまつわる街道ができた。
◆「鹿沼市史 資料編 近世2」参考
黒川の流域を中心に市の東部および市の南部の村々  地域の景観と歴史的展開
当地域の中央を流れる黒川に沿って、日光道中壬生通り(以下壬生通りと略す。楡木宿より今市宿間は例幣使街道が重複する)が通り、街道に沿って鹿沼宿・奈佐原宿・楡木宿と三つの宿場があり、宿継ぎの問題や旅籠屋が軒をつらねた。

江戸・日光間の交通の発達とともに、宿場は繁昌し、酒造・穀物・衣類・大工・鍛冶などの農間渡世が増加した。また、朝鮮種人参・大麻などの特産物や木材・炭などの生産物を介して、宇都宮・栃木の商人や房総・常陸・江戸などと取り引きや文人墨客の交流もさかんになり、当地域の人々の生活を高めるとともに、すぐれた文化をおこすことになった。鹿沼地区は中世末期壬生氏によって城が営まれ城下町が成立したが、天正18年(1590)小田原の戦で壬生義雄が陣没し壬生氏が滅亡して廃城となった。
元和3年(1617)徳川家康の遺骸が鹿沼宿薬王寺を経て日光廟に運ばれたことを契機として、街道筋の宿場として繁栄し、地域の産業・経済・文化の中心地となった。江戸時代鹿沼は行政上では押原村と称し、街道筋の宿場としては鹿沼宿と呼ばれた。その後明治22年(1889)には隣接の下府所村・西鹿沼村・花岡村が合併し、鹿沼町が成立した。街道筋の宿場には問屋があり、宿継ぎのための人馬(伝馬役)が設けられて公用の継ぎ立てを行った将軍の社参や毎年の例幣使の社参などの大通行のときなどは、人馬の不足を補うため近隣の村々から助郷役といって人馬が継ぎ立てに動員された。
西鹿沼村・下府所村・花岡村などは鹿沼宿の助郷村で、交通量の増加とともに村々では大きな負担となった。
北犬飼地区黒川と武子川に挟まれた南東部に広がる洪積台地で、畑作を主とする農村地帯であり、溜池を利用した稲作が行われてきた。中世以来の村落の展開を語る遺跡が多く見られる地域で、平地林が多く村境には秣場(まぐさば=馬草場)があり、・・・・・・・・・・・省略黒川の両岸に広がる農村で、東岸は洪積台地で畑作地帯であり、西岸は沖積地で黒川と小薮川の灌漑による水田稲作地帯で、黒川の川欠けによる土地の帰属にかかわる争論が多い。黒川に沿って壬生通りが通り、街道に沿って奈佐原宿・大門宿の町並みがあり、奈佐原宿は楡木宿とともに相宿(あいのしゅく)であるが、交通の発達とともに宿場として、旅籠屋などが繁昌し、・・・省略・・・遊芸に身を入れる者もあり、文楽人形芝居(県指定文化財)が伝承されている。

南押原地区北押原地区と同様な農村であり、黒川の東岸は洪積台地で畑作地帯である。西岸は黒川と小薮川の灌漑による川欠けの争論が多くみられる。黒川に沿って壬生通りが通り、街道に沿って楡木宿の町並みがあり、楡木宿で壬生通りと例幣使街道が合流する。楡木宿は奈佐原宿とともに相宿であるが、交通の発達とともに宿場として旅籠屋などが繁昌し、揚屋などもあり賑わった。また街道筋にあたり・・・省略