軍ヲタ的地球の歩きかた

先日ソウルアンダーグラウンドツアーと称しまして、韓国の首都に行って参りました。しかもあの忌まわしき事件の起きた9月11日に。
今回でソウルは2度目なのですが、今回のツアーメンバーが男ばかり、しかも自他ともに見とめるヲタ連中なので、一味違った観光旅行となりました。
3日間の日程で色々と廻って来たのですが、今回は軍ヲタ的視点で見た韓国を簡単に紹介しようと思います。

まずその前に、
今回はあの有名な韓国戦争博物館には行っていません。なぜなら前回のソウル訪問の時行っているので、今回の予定には組み込みませんでした。
あそこの博物館は恐ろしく広いので、展示品をじっくり見ながら周ると3日は確実にかかりますし、簡単に表面をさらっと流すだけでも1日潰れてしまいます。
今回は板門店ツアーを予定していたので、それで一日は潰れてしまうため、博物館まで足を伸ばすと他に回る時間が無くなってしまうからです。

ついでなので前回の記憶を元に、戦争博物館の簡単な説明をしますと、場所は軍の施設の多い梨泰院の近くで、地下鉄「三角地(サムガクチ)」駅降りるとすぐです。
御影石で出来た白亜の殿堂風建物で、あまりに広いので入り口にたどり着くにも一苦労。
中はいくつもの部屋に分かれていて、韓国や世界の戦争の歴史が、兵器、装備の実物はもちろん、ジオラマやバーチャルルーム、映画館などを使って詳しく説明されています。日本語の翻訳説明機もありますので、詳しく知りたい時は便利。
また外には航空機、戦車、ミサイルなども展示されていて、中に入って見学できるものもあります。

詳しくはここをクリック

4年前に行った戦争博物館の写真、コレしかなかったんです。

その他、「韓国 戦争博物館」などで検索をかければ、数多くの情報が出てくることでしょう。詳しい説明はそちらに譲ります。

韓国でレーションを探すぞ!!

今回の韓国旅行の大きな目的は、珍しいレーションを探すことでした。
ご存知のとおり韓国は準戦時国であり、アメリカ陸軍も二万七千人駐留しています。
ちなみに日本に駐留するアメリカ陸軍は千七百六十人、海兵隊は一万九千七百人と、ほとんどが海兵隊です。海兵隊は陸軍に比べ新装備転換がかなり遅く、かつ古いものを大事にするので、放出品が出にくいと言われていますね。
米軍にはMRE以外にも数多くのレーションが存在し、もうすぐ生産が終わり、MCWと交換される予定の寒冷地仕様レーション(Ration-cold-weather)や長距離偵察用軽量レーション(Long-Range-Patrol)、緊急非常食(Food-Packet-Survival)、中隊規模で支給される多人数用梱包レーション(Untitized-Group-Ration)などなど。
案外みつかるかもと古いMCIや韓国軍レーションも一緒に探してみることにしました。


まずは軍ヲタには有名な南大門の軍装品市場へ足を運んでみると、山積みされた軍装品が、道端にずらっと並んでいます。これは期待できそう。
雨が降っても頑張る露天のおばちゃん。

早速山積みされた装備の間にMREを発見!聞いてみると日本円で約300円/一食!!安い!!
 

当然喫食可能な90年後半モデルのパッケージでした。
韓国の市場では値切るのは当たり前!!24食セットならば6000円ちょっとで購入可能でしょう。
(ただし僕の部屋にはMREがまだ24食×2セット近く残っているので交渉はしませんでしたが)
しかも韓国は内税なのと、手荷物で持ち帰れば、コレ以外の費用は一切かかりません。
その後、何十軒ものお店を廻り調べましたが、MRE以外の糧食はとうとうここでは見つかりませんでした。
流石に露天のおばちゃんに説明して聞いてももわかんないだろうし、こんだけ店があると、何処で聞けばいいかも分からないので。

ここでは韓国陸軍のフィールドジャケット(M65に似た感じ)新品同様を2500円で購入。結構しっかりしていて、細かい作りが気に入った。
  
南大門の近くの地下商店街で、サープラスショップを発見しましたが、ここではレーションにお目にかかれませんでした。
お店の名前は「メンフィスベル」
基地の町には放出品の店あり!コレは全世界共通の定説?特に韓国は日本と同じで、戦後(韓国ではまだ戦争は終わってないが)町は荒廃し、物資がまるで無い時代、駐屯した米軍で不要になった物資を放出してもらい、生活用品として利用してきた歴史があります。つまり基地の近くには必ず放出品の店があるはずなので、今回米軍の町として有名な「梨泰院」に宿をとり、じっくり探してみました。
  
最近の梨泰院は観光化されて、通りは土産物屋が並んだり、コピー商品も扱うバックや時計の店が並んでいます。また米兵相手のオーダースーツの店や、メダルやプレート、刺繍のワッペンといった部隊の記念品を作る店なども多いのですが、一歩通りを外れると、米軍から放出された家具や調度品、またはアンティーク品などを扱う店も数多く、通りの裏道では家具をリペアしたり、ペイントして乾かしている光景もよく目にしました。
そんな梨泰院の町をくまなく散策し、やっと見つけたサープラスショップ、その名も「DMZ」!サープラスショップなのに非武装地帯とはこれいかに?でも、武器は扱ってないので非武装か。

店内はソレほど広くないですが、店内にはサープラスショップ独特の雰囲気が漂い、まさに掘り出し物が見つかる感じ!これは期待出来そうと早速店内に足を踏み入れました。
中では兵隊らしき人物が荷を解き、店の者に買い取り要求をしている姿があり、なるほど、こうやって何処からか手に入れた物を闇に持ち込んで小使いを稼いでるんだなと、妙に感心してしまった。
しばらく店内を物色していると、店主らしき人物が話し掛けてきた。
「アニョハセヨ、May I Help You?」
そこで
「Yes.I`d like to ration. Do yo have any ratios?」
と、つたない中学レベルの英会話で交渉を始める。以下は多分こんなことを言っていたと思うイメージ会話です。
ちなみにこの会話、僕はジャパニーズイングリッシュで、相手はコリアンイングリッシュなので(と言う理由だけではありませんが)、一部会話がかみ合ってません。

「レーション?食べるレーションかい?  ああ、あるよ。  いくつ欲しいんだい?」
「どんなレーションがあるの?僕は珍しいレーションを探しているんだ」」
「種類かい、メニューは色々あるね、1箱に12種類もメニューがあるんだぜ。確か全部で24種類だ」
「ああ、MREだね、僕はソレは持っているんだ、 他にはどんな種類のレーションがあるんだい?」
「中身の種類はクラッカーや飲み物や、スナックや、とにかく色々入ってるんだ」
「それは知ってるよ、MRE以外のレーションを探しているんだ、」
するとおもむろにカタログを探し出す。アメリカのアウトドアグッズので、そこからMREのページを探し出し、それを見せて説明してくる。
「ほら、これがレーションだ、色々入ってるだろ?」
この辺からなんとかMRE以外の会話に持っていこうとする僕。とりあえず持ってるけど、情報としてRCWの事を聞いてみる。
「それはいいから、じゃあRCWって知ってますか。レーション・コールド・ウエザー、」
「コールドウエザー?」
「そう、白いプラスティックバックに入ってて、MREに似てるやつ。フリーズドライのレーションで、レトルトパウチじゃない奴」
「........知らない..........フリーズドライ??」
ホントに知らないらしい。
「お湯を入れて食う奴、乾燥してるんだよ」
「ああ、これもお湯を入れると温かくなるんだぜ!今はこれがいいんだよ」
またしてもMREを指してFRヒーターの説明をしてくる。
この時点でMRE以外の最新レーションはあきらめる事にした。
そこでさっきのカタログに載っていた缶詰めを指差し、
「じゃあ、古いレーションはあるかい?こんな缶スタイルのレーション」
「缶スタイルのレーションは今はもう無いよ」
あっさりMCIは断念、というか、こちらもまず無い事は分かっていたので、引き下がる。
最後にコリアンアーミーのレーションは手に入るか聞いてみたところ、
「インポッシブル」と一言。
その後色々と話をして、韓国国内ではもうMRE以外のレーションは入手不可と判断。
丁重に御礼を言い、握手して店を出ました。

これは僕の勝手な想像なのですが、韓国の北緯限界線はご存知の通り38度です。つまり日本では青森より下辺りで、さすがにまだ厳寒地域とまではいきません。但し大陸性気候の影響も受けるので、零下20度くらいまでは下がる事はあるようですが。
このような場所では、まだRCWのような寒冷地仕様レーションを多用する事は無いのでしょう。
その他のレーションについても、特殊用途のため数が出ず、頻繁に流出する事が無いのは理解できます。
ちなみに韓国には徴兵制度があり、(韓国三大義務、納税、教育、徴兵)嫌が負うにも軍隊に引っ張られますので、日本のような軍ヲタは存在しません。
いや、全然いないわけではなく、最近の映画の影響や、日本製電動ガンの普及で、サバイバルゲームチームもありますし、多少はいるかもしれませんが。
ただし大抵の韓国人で軍隊に喜んで行く人はいないそうで、一番の理由が日本帝国陸軍から受け継いだ負の遺産、「いじめ」つまり鉄拳制裁などを日常的に下階級の者に行い、それを慣用している軍隊内の古い体質がいまだに根強く残っているという現実。
だから軍隊に息子を送り出す親は、お国のためにしっかり奉公して来いとは言わず、2年と2ヶ月、軍隊で腐って来いと言われるそうです。

つまり嫌なイメージのある軍隊の不味いレーションをすき好んで食おうと言う人はやっぱり少ないわけで、韓国国内の需要としてはほとんど無いのです。
そんな訳でまあ、偶然見つかればメッケモンだと言うくらいの気構えでしたので、予想通りの結果と言えましょう。
その後もう一店舗サープラスショップを発見しました。ここの店の名前が笑える「アメ公」ですよ。
 AMECO


韓国のエアソフトガン

先ほどサバイバルゲームの話が出たので、ついでに書いておきましょう。
韓国では日本製エアソフトガン、特にマルイの電動ガンは人気があり、現在では韓国産コピー電動ガンが大量に出回っています。
価格も日本製に比べ3割ほど安く、バッテリーや充電器も付属しているのですが、やはり材質や仕上げは悪く感じました。
しかし、結構面白い商品も多く、韓国陸軍のK2自動小銃や、見た事も無い不思議な銃もあり、またコッキングガンは長物でも数千円と安く、色んな商品が揃っています。
韓国の人は山登りやアウトドアが割と好きなので、学生を中心にしたサバイバルゲームチームも数多く、軍を退役したお兄さんなどに指導を受けた本格的なチームもあるようです。また韓国の学校では軍事教練の授業もあるため、日本よりサバイバルゲームに対する態度は寛容で、昔コンバットマガジンか何かで読んだ事があるのですが、サバイバルゲームをするのに軍の施設を開放してくれることもあるとか。
(自衛隊でも演習場を貸してくれる事がありますけどね。昔商品に缶飯を賭けて戦った思い出が...。)

さて、その韓国製電動ガンやコッキングガンは何処に行けば手に入るの?と言う事ですが、町のおもちゃ屋さんに行けば大抵置いてあるでしょう。
今回私は梨泰院の通りを歩いている時、2店ほどエアガン専門店を見つけました。
ビルの一角に店舗を構え、道の通りにも屋台のような陳列で銃を売っています。
  
ここの店の叔父さんによると、「日本持込OKよ!」「日本製ナンバーワン1でも韓国製もイイよ!安いよ!」とのことでした。
私はここでSPAS12ショットガン(ハンドコッキングタイプ)を2000円ちょっとで購入。切り替えレバーで単発と3発発射可能。だいぶ値切りましたが。
結構調子いいですよ。
そういえば日本製の電動ガンのみ、おかしな塗装をされていました。なぜでしょう?


準戦時国の緊張!板門店を通って、北朝鮮に行こう!


今回の旅行の最大の目的、それは隣国でありながら謎の国、北朝鮮を覗く事です。
昔のパスポートには「このパスポートはすべての国と地域で有効だが、北朝鮮は駄目!」とはっきり書かれていて、今でこそ北朝鮮の観光ツアーに参加する事が出来ますが、これは数年前には考えられないことでした。
北朝鮮に行くことが出来るようになっても、未だにそこは謎の多い国であり、金体制が崩壊する事はすぐにはないでしょうし、もっとも現在の韓国に今の北朝鮮を支えきれる力は無いので、北朝鮮が崩壊して実際困るのは韓国ですが。(日本もかなり援助させられる筈)
さて、一番簡単に北朝鮮に行くには、やっぱりなんと言っても板門店ツアーに参加する事です。ソウルからは1時間半の距離にあり、日帰りOK!日本語のガイドもつきますから、この国の歴史を知るにはうってつけかもしれません。
バスの中では厳しい注意がなされ、道中の軍事施設の写真撮影やスケッチは不可!パスポートは必ず携帯し、検問で銃を携帯した兵士にチェックを受けます。
  

ちなみにこのツアーに参加するには、服装に注意しなければいけません。襟の無い服は不可!ジーパン不可!全身黒っぽい服もだめ!サンダルやパンプス駄目!軍人以外の軍服は駄目!つまりODのファティーグパンツやカーゴパンツも駄目。だらしない格好はとにかく駄目!不精ひげやぼさぼさの髪も駄目なので、コレに当てはまる人は参加を拒否されます。
どうやらコレは韓国側のプライドにかかわる問題らしく、自国の規律と豊かさを北側に誇示したい狙いがあるようです。
自国のっつったて外国人しか板門店には行けないんだけどね。(一部厳しい審査を受け、許可された人間は除く)
それと行動に対する制限も多く、北側にコンタクトを取るような行動は厳禁とされ、手を振る事も許されません。また指定された場所以外の所に勝手に行ったり、急に走ったり、指定されたところ以外の写真を撮ると、スパイ行為とみなされ逮捕されたり、最悪射殺される事もあります。
日本人的感覚で、まさかこの位の事で、とか、この位イイだろうと言うのは通用しません。なぜならここは日本ではなく、実際いつ戦闘が始まってもおかしくない緊張の戦場なのですから。
バスは高速を北上し、町を抜けるとだんだん風景が変わってきます。
北朝鮮から流れ込む川の河岸には鉄条網が張り巡らされ、数キロおきに強力なサーチライトを備えた監視所が設けられ、いたるところにバリケードや戦車止め、塹壕やトーチかが設置されていました。
各所で銃を携帯した兵士が巡回をしており、たまにヘリコプターも飛んできます。
移動可能な陣地に野砲が設置されていますが、これは常に場所を変えて、敵に位置を特定されないための配慮でしょう。

今回韓国軍の兵士が身につけている装備を目の当たりにする事が出来ましたので、簡単に説明します。
韓国軍の採用する戦闘服は、一見アメリカ軍のウッドランドパターンに似ているのですが、微妙に色が濃いので、なんとなく判別が出来ます。
大きな相違点は、韓国軍は上着のすそをズボンにたくし込むスタイルであるということ、つまり旧自衛隊戦闘服のような感じです。
装備は現在、米軍のロードベアリングベストソックリなベストになっています。(韓国式迷彩なので、自国生産だと思われる)
但し一部では旧サスペンダー&ポーチ式装備も見かけました。
このように装備の近代化を計っているようですが、ヘルメットは未だにM2タイプのスチールヘルメットを着用しています。某自営業先生の著作を読みますと、これからケブラーのフリッツタイプに変更されるそうですが。
検問所では兵士により携帯する銃が異なり、統一されてはいないようですね。韓国産で折畳式ストックのK-2自動小銃と、スライド式ストックの(多分?)K-1自動小銃を目にしました。

K-2自動小銃  弾丸は米軍のM-16と互換性のある5.56ミリで、ガスオペレーションシステムはAKと同じ。
前方の銃身が剥き出しでサイトが低いので、銃身が熱くなった時にかげろうなどの影響により命中精度が下がるのではないか?



    


ここで誤解の無いように説明しておきますが、現在この両国の間には国境は存在しません。あるのは軍事境界線であり、その線をはさんで南北2キロずつ、計4キロにわたって非武装地帯があるだけです。
もっとも非武装地帯と言っても、地雷は敷設されているし、4キロなんて野砲で簡単に届く距離なので、安全地帯ではありませんが。
実際この非武装地帯を超えて、北の兵士が何度も潜入してくる事があります。
また非武装地帯の下には何本もトンネルが掘られていて、工作員を潜入させるのに利用されているそうで、中には戦車が通れるほど巨大なものもあると言われています。
現在は3本のトンネル(通称 南侵トンネル)が発見されていて、その一部(第三トンネル)は見学用に公開されています。
まだ発見されていないトンネルがいくつかあるということで、現在も捜索は続けられているのですが、ちなみにこのトンネルが発見された経緯が、朝鮮から亡命してきた、元トンネルの設計者の証言で発見されたことになっています。
南侵第一トンネル(再現された複製)
しかし当時軍事政権だった韓国では、北の脅威を煽るため、さまざまな事がされていました。
一部では韓国側がトンネルを掘り、北朝鮮側の仕業に見せかけた、でっち上げではないかとの見方がされていますが、皆さんはどう思います?
(余談ですが、北が南に浸透する場合、もっぱら行われる方法は、まず日本に潜入し、日本人に成りすまし、そこから堂々と飛行機で南に入る方法が簡単で確実だとか。日本人は信用度が高いので、身分を偽るのにはうってつけです。そのため怪しまれずに日本人に成りすますため、日本の文化や風習を勉強する教育係として日本人を拉致した事件が70年ごろ頻発しました。)
現在の軍事境界線は、中国の共産軍が参戦し、国連軍と膠着したラインが基準となっているので、直線ではなく、少しいびつなラインをしています。そのため一部川の中心部が境界線になっている所もあり、川を越えてやってくる北の兵士がこっそり柵を乗り越えようとするので、柵の網の間に石を挟み、網に振動を与えると石が落ちるようにしています。
検問を過ぎ、バスはまず米軍のグリフィスキャンプに入るのですが、その前に見学者は一度バスから降ろされます。その際、一切の手荷物はバスに残すように命じられ、兵士が危険物の有無を調べるためにバスに乗り込みます。当然荷物の中身もチェックされるのですが、結構短時間で終わるのでそれほど詳しく調べていないのかもしれません。
その後もう一度バスに乗り、基地の駐車場に移動し、ここから今度は国連のバスに乗り換えます。
国連バスで我々は米軍のブリーフィングルームのある建物に連れられ、ここでさらに厳しい注意事項と簡単な朝鮮半島の歴史、過去にここで実際に起こった事件などをスライドで教育されました。この時ここでは命の保証は無いと言う誓約書にサインをさせられ、見学者である証のタッグを渡されます。
  

コレが済むとついに板門店見学を許され、例の青い会議所に向かうのですが、その際兵士の乗ったハンビー(米軍多目的戦闘車両)が先導し、我々を警護します。
ついに軍事境界線上で顔を見合わせて南北が対峙するJSA(共同警備区域)板門店(パンムンジョム)に到着!。我々はまず自由の家と呼ばれる建物の裏でバスを降り、二列縦隊を作ります。そして自由の家の裏から入り、まずは展望台に登り、板門店の全景や、北朝鮮側の建物などを観察しました。
ここは地理的に少し入り組んでいて、北を向いて左手後ろ側にも北朝鮮の村が見えます。その村は通称「宣伝村」と呼ばれ、子供が遊びまわったり、洗濯物が干されたりといった生活の匂いが一切無く、単に南側に北の豊かさを誇示するためだけに作られた村らしいのですが、今となってはその努力も虚しい。
世界一大きな国旗掲揚塔に、力なくなびく北朝鮮の国旗が印象的でした。
今日は北側からも観光客が多く訪れているらしく、北の板門閣には沢山の人が登り、こちらに手を振っていましたが、こちらからは絶対それに答えて手を振り返しては駄目だとキツク注意されました。
さあ、合法的に北朝鮮に入れる本会議場に移動します。
(建物が傾いてますが隠し撮りなのでご勘弁ください)

中に入ると簡単な説明を受けます。もちろん注意事項もしっかり叩き込まれます。
韓国側の監視員は通称ロックマンと呼ばれ、常にテコンドーの構えの姿勢を崩しません。


常に本会議場の中は北朝鮮側からも監視されていて、時々中を覗きに来ます。
ただしペーペーの兵士は持ち場を離れる事は許されませんが。


外の兵士は緊急事態に備え、体を半分建物の影に隠して北朝鮮側を監視します。
韓国側の兵士は全員サングラスをかけているのですが、これは不用意に相手と視線を交わさないようにするのと、高圧的な威圧感を与える為だそうです。


建物の中央には幅30センチのコンクリート製の敷居があり、そこが軍事境界線となります。
つまりこの写真は北朝鮮側から撮った事になります。
ちなみにこの軍事境界線は、実際には38度線よりもだいぶ南にあるそうです。


本会議場の見学は10分足らずで、その後監視所から北朝鮮側の風景を見ました。
ご覧のように(写真A)手前の非武装地帯は緑が豊富なのに、北側の山は木がほとんどありません。これは深刻なエネルギー不足により、燃料として木をほとんど伐採してしまったためで、植林もしていないので、ひとたび雨が降れば土石流が流れる危険な山になってしまいました。
所々山肌が削れているのが確認できると思います。
こんな人の住まない軍事境界線の近くまで木を切りに来ると言う事は、北側の体制はすでに末期状態と言えるのではないでしょうか?
  写真A
山の中腹には韓国側に向けハングルで「21世紀はキムジョンイルの世紀 万歳」と書かれた大きな看板が掲げられていました。
このように国民に対して、また対外的にもキムジョンイルを国家の象徴としてあがめる政治体制をとっている北朝鮮ですが、実際には金独裁政権と言うわけではないようです。
むしろ金日成時代からの側近が、現在の自分たちの地位の安泰のため、金正日を祭り上げ、利用していると見たほうが正しいでしょう。
複雑な利害と、国を導く方法を誤った事を見とめたくない連中の思惑のせいで、この先も一筋縄では行かないはずですので、小泉首相の金正日との会談も、例え表面的に上手くいったとして、金正日からなにかの確約を取り付けたとしても、それはまったく当てにならないと覚悟した方がいいですね。

その後、映画「JSA」の舞台となった帰らざる橋や、ポプラ事件「斧惨殺事件」の現場などを見学しました。
  ポプラ事件で検索してみよう。

板門店の見学は以上で終了。その後基地に戻ったのですが、その日は朝鮮戦争を戦った元兵士たちがここを訪れていて、下の写真は分かり辛いのですが、左手を戦争で無くされた方が、国連軍の旗の前でたたずんでおられたので、一枚写真に撮りました。
時間があれば彼らから朝鮮戦争当時の話などを聞きたかった。
  



その後は待ちに待った昼食の時間。多分このツアーの中でコレほど昼飯を楽しみにしていたのは私くらいのものでしょう。

グリフィスキャンプ、ランチレポート
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おまけですが、面白いものを見つけたので。
ここが世界で一番危険なゴルフ場です。軍事境界線の真隣で、鉄条網を超えてOBしたら、当然帰らざる球となってしまいます。
看板にはコース説明として「THE WOROLD`S MOST DANGEROUS GOLF COURSE」と書かれている。

で、世界を廻ると面白い発見があるものです。というわけで、

韓国で見つけた面白いもの紹介
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