軍ヲタ的地球の歩きかた

今年は戦後60年の節目であります。 当時を知る多くの方々は高齢となり、ある意味、今年を逃すと本物の生の声が聞こえなくなるのでは?そういう思いに駆られ、今年は日本の敗戦を決定付けた悲劇の街、広島に行く事に決めました。 
実は広島に行くのは今回で二度目。 一度目は僕が15歳の頃で、一人、夜行列車に揺られ、原爆の日の式典に参加したことを今でも鮮明に覚えています。 
ちなみに当時から僕は軍ヲタでした。 
よく軍ヲタは好戦主義者だと勘違いされますが、僕らは決して戦争を望む物ではなく、むしろ戦争のない時代が永遠に続く事を心から願っています。 しかしながら戦争という極限の状況で生まれる兵器の破壊的な美しさを「カッコイイ」と感じてしまいますし、軍隊と言う独特な響きにロマンを感じてしまうのも正直な気持ちです。
そんな訳で、今回の旅は二部構成になっており、前半は美しい広島(および日本の)文化に触れ、その美しい郷土が一瞬の間に地獄と化した、悲しい原爆の現実と向き合う旅。 そして後半は軍都としての広島を訪ねる旅となりました。 
愛知県から広島まではおよそ600`、約6時間の運転で到着する予定なので、仕事が終わったメンバーが夜中に集合して、三人交代で休まず運転すれば朝には到着と意外に近い。 
まずは世界遺産として有名な安芸の宮島、厳島神社に向かい、宮島口フェリー乗り場に到着したのが朝の7時ごろ。 後ろの席をベットにしていたので交代で寝ていく予定でしたが、結局一睡もせず、着いた頃には時差ぼけ状態でしたが、あの海の中に立つ赤鳥居が見えてくると、俄然気分は盛り上がってきました。
  
あいにくどんよりと曇っており、雨も心配されていましたが、境内に着く頃には日が差し始め、美しい厳島神社の景観を堪能する事が出来ました。

   

昨年の18号台風による被害は建物に深い傷跡を残し、一部修復中だったのが残念。 

   

島内の様々な名所を周り、名物の牡蠣も堪能し、第一目標は制覇! 
残念なのは訪れた時間が早すぎて、どの店も開店しておらず、名物「あなごめし」を食べられなかった事。

宮島をあとにして今度は広島市内に向かいました。 もちろん目指すは平和記念公園。 
しかしその前に腹ごしらえをしようと言う事で市内をうろついていると、看板で今日から広島市民原爆展が開催されている情報をキャッチ、早速見学に行きました。     が・・これは後述。

さんざん歩き回ったあげく、実は車を止めた駐車場の目の前に、ガイドブックに載ってる有名な「お好み焼き」の店があるのを発見したので、早速入ってみる事に。


う〜ん、これで1400円か〜・・・ お好み焼きなんて、子供のお小遣いで食べられるモンだと言う認識があったので。。
でも結構客が入ってるな〜。

腹八分目と言う所ですが、とりあえずおなかも落ち着いたので、平和記念公園および、原爆資料館を見学する事に。

   
   流石にこの時期は人が多い                                   陶器製の非常食容器も展示してある


約20年ぶりの来館でしたが、新館も出来た事もあり、かなり展示が入れ替わっていますした。
 前に来た時はケロイドのホルマリン漬けや奇形のサンプルなんかもあったように記憶していますが、
一般の来場者、特に社会見学などで訪れる子供に配慮してか、流石に酷い写真なんかは外されているようです。

実はここに来る前に行った、先述の広島市民原爆展・・
ここに展示されていた展示物の方が、よほど恐ろしかった・・

僕は中二のときに夏休みの自由研究で原爆をテーマにレポートを書いたので、
かなり沢山の資料や写真を目にしていて、それなりの心の準備はあったのですが、
流石にショックで、軽い眩暈と吐き気を催したくらいです・・
何度見ても原爆の展示資料は胸に詰まる物があります。 でも前回来た時、自分は子供の立場で見ていましたが、自分も親となり、親の立場でこの展示を見ると、やはり感じ方も変わります。 
それが現実にあった事だと考えると、色んな思念が頭の中に入り込んでくるようで、かなり鬱になりますね。
展示の中にはつい最近起きた東海村臨界事故の作業員の写真もあったのですが、最初は特に外傷もなく、綺麗な顔をしているのに、日増しに風船のように顔が膨らみ、毛が抜け落ち、目や鼻や口から血を噴出して、お化けのようになって行く姿は、まさしく「壊れていく」と言う言葉がぴったり当てはまる。

ここにあるのは、過去に起きた事を記録してあるのではなく、この先また起きるかもしれない未来を予言している展示なのかもしれない・・。

   


などと感傷に浸りつつ、平和記念公園をあとにする。
流石に徹夜&長距離移動で疲れたので、4時ごろホテルにチェックインして少し仮眠をとったら、ここで素早く気分を切り替える事に!
明日は江田島の旧海軍兵学校を見学予定なので、気分を盛り上げる為に公開されたばかりの「亡国のイージス」を見に行く事にしました。
実はホテルをチェックインする時に偶然気がついたのですが、ワーナーマイカルシネマがホテルから歩いて数分の所にあり、しかも今日は1日!つまり映画の日なので、チケットも安い!! これは行かねばと喜び勇んで観て来ました・・の、ですが・・
・・・・なんだコレ??あまりに短時間に要約しすぎて、意味が分からない??僕は最近原作の小説を読んでいたので辛うじて内容が分かりましたが 原作読んでない友人たちは、大まかな話の流れしか分からなかったようで? どうして彼らがあのような行動に出たのか??説明するのも一苦労でした。
映画を見た人は是非とも原作を読むことをお勧めします。


二日目
江田島に渡るために宇品のフェリー乗り場に向かう途中、ホテルの前にある小高い山が気になり登ってみると、そこは比治山という山で、思いがけず.放射線影響研究所にたどり着きました。 ここは旧ABCCという施設で、アメリカ占領軍が放射能の人体への影響を調べる為、被爆者をモルモットのように扱い、一切治療は行わなかった為、カマボコ兵舎のような独特の形をした建物は長らく被爆者の怨嗟の的だったようです。
さらにその奥には陸軍墓地があり、その先は見晴らしのいい丘になっており、美しい広島の町並みが眼下に広がっていました。

比治山をあとにし、フェリー乗り場に向かいましたが、意外と早く到着し、時間調整もかねて前から行ってみたかった宇品にある広島郷土資料館に立ち寄る事にしました。

  

ここは大戦中に牛缶詰など戦闘用糧食を製造していた工場で、ある意味レーションヲタの聖地とも言える場所です。 
しかし展示物は大した物ではないので、 見るべきものは建物くらい。 資料として近代の「兵食」と宇品陸軍糧秣支廠という本を出しているので、興味がある方は取り寄せてみるのもいいかもしれません。
9時からの開館だったのでそれまで建物の外側を見学し、開館と同時に中の展示を見学しましたが、物の15分ほどで見学終了〜 その後車に乗り込み、フェリー乗り場に着きましたが、江田島に渡るフェリー乗り場が分からず、迷って、やっとの事でたどり着くと、ちょうどフェリーが出航寸前! 実際は出航時間を過ぎていましたが、少し出航が遅れていたためギリギリ間に合い、早速飛び乗ると恐ろしい事が判明! 実はコレに乗り遅れると江田島の見学ツアー時間に間に合わない所だった(汗

切串港に到着すると、早速海上自衛隊第一術科学校に向かいました。 ここは旧海軍兵学校のあった所で、当時の施設が沢山残っており、一般見学する事が出来ます。 まずは待機所にてビデオを見て海上自衛隊についての勉強をし、その後、お待ちかねの見学コースに出発!

  

この施設を案内してくれた方がとても面白い方で、色々な話が聞けました。  また、かなりきわどい話も聞けて、反戦主義者や日教組が聞いたら卒倒物(苦笑   参加していた子供たちに「日本は世界に誇れる国だ」ということを力説しておりましたが、それを聞いて、胸がすっとする思いでした。
国旗にまつわる話や、正式な「万歳」の仕方も教わり、非常に勉強になりますので、是非機会があれば足を運ぶ事をお勧めします。
そしてなんと、本日ここで夕刻より盆踊り&花火大会が行われると言う情報を案内の方より教えていただきました!! これには驚いた!こんな機会は滅多にないので絶対に参加せねば!!


見学は約一時間半、資料館を周り見学は終了しました。
その後は PX(売店)や食堂が利用できるので 早速食堂で昼食を頂く事に。


海軍スタミナ定食 ¥800也

夕刻の盆踊りまでまだ間があるので。一旦陸路、呉に向かいました。 
呉には色々な見学施設があるが、まずは海上保安庁の資料館へ

   

ここは海上保安大学構内に併設された施設で、少し分かりにくい場所にあるため訪れる人も少なく、エアコンや展示映像などの電源も切られている。  しかし先の不審船事件で銃撃を受けた巡視艇の生々しい銃撃の跡や、様々な物が展示されていて興味深い施設でした。 
驚いたのが、厚さ2センチはあろうブリッジの鉄板が簡単に打ち抜かれており、敵の火力が予想外に強力であったことに驚かされます。
不審船については、レーションOFF2003のレポを参照してください。
ここでは事務所の窓口にて、海上保安庁のキャップ、Tシャツ、タオルなども購入できますよ。
次は入船山記念館に行って来ました。 ここは1886年に海軍鎮守府が創設されると鎮守府の長官官舎となった建物で、和洋融合建築が興味深い所。  
さて、遂にやって来ました! 大和ミュージアム!! 
実物の10分の1サイズで緻密に作り上げられた大和の復元模型は、流石に見るものを圧倒する!! 

  

ゼロ戦や潜水艦なども展示されている他、 3階にはヤマト繋がりで、松本零士のコーナーもあり、色々と面白い。
意外な事に、一緒に行った友人の一人は、宇宙戦艦ヤマトをあまり知らない世代だった事に驚いた!!

ここでの展示は1Fがメインで、上のほうはあまり見るべきものがないため、そろそろ江田島に戻る事に。
車はここに置いて、呉から高速船に乗れば10分ほどで江田島に到着し、そこからタクシーで数分で術科学校に戻ってこられる。

すでに盆踊りは始まっているのだが、まずは屋台にて腹ごしらえ。 流石に安い。
そうしている間に辺りは暗くなり、国旗が厳かに、ラッパの音と共に降ろされる。 流石にみんな直立で国旗に敬意を払っているのが気持ちいい。

赤レンガの校舎はライトアップされ、とても美しかった。

   

盆踊りは続き、おかしな連中も飛び入りして場を盛り上げる。 
そしてお待ちかね!大花火大会が始まりました。 
聞く話によると、今年は術科学校50周年記念を兼ねており、さらに今までは江田島町主催だったものが、今回から海上自衛隊主催となり、規模がかなり大きくなったとか。 協賛に中国火薬が付いているので、お得意様のために派手な花火を打ち上げてくれるそうです。

     

しかし残念ながらフェリーが最終便になってしまう為、止む無く花火の途中で帰ることにしました・・
まあ家に帰れば数日後、地元で全国屈指の花火大会が開催されるので、楽しみはとって置きましょう。

   

ホテルに帰り着いて広島最後の夜を堪能し、〆は名物ツケ麺を頂く事に。
しかし店員さんに聞いたら、この店って名古屋に支店を出してるって話で、少しありがたみが薄れてしまった・・


最終日は尾道に移動
広島市内から尾道まで結構離れてるんですね。 とりあえず車を停める場所を探して走り回っていたら、知らぬ間に展望台のある千光寺公園に着いたので、そこに車を置き、文学の小道なる坂を下り尾道駅まで移動し、そこから渡し舟で向島まで行き、シャトルバスに飛び乗る。
すると遠くになにやら巨大な建造物が見えて来ました。 そう、ここが映画「男たちのヤマト」ロケ現場なのです。 
1/1スケールで作られたこのヤマト甲板セットは来年の3月まで期間限定で一般公開されており、今だけ大和の巨大さを体感する事が出来る。

でかい! 歩いている水兵さんと比較して頂きたい。 これで艦橋まで出来上がっていたら、本当に凄い事になっていただろう!

   

   

撮影禁止ではあったが、ここでは撮影に使われた衣装や小道具、飯炊きをした烹炊所のセットやハンモックが吊るされた船室のセットなども展示されているので、とても興味深く見学できました。

これで僕の今回の広島旅行の目的は全てクリアーできたわけですが、折角なので尾道の町も散策してみる事にしました。

   
尾道映画資料館                               尾道らーめん

細かな路地と坂の多い街は、確かに独特の雰囲気があり、 お寺や映画のロケ地、志賀直哉の旧居など見所も多い。
 しかし・・・
 兎に角疲れる・・・  駐車場に戻るまで一苦労でした・・・

帰りはまた6時間掛かるので、明日からの仕事の事を考えると、ここを3時前には出発しなければならず、万感の思いを胸に尾道の町を後にしました。 

以上で今回の我々の旅の記録は終わりです。 お付き合いありがとうございました。


余談ですが帰りの高速で事故があり、通行止めになってしまい、一旦高速を下りて下道を走らなくてはならなくなりました・・ 多分この影響で下道も渋滞している事は必至! 2時間ほど帰りが遅くなる事を覚悟していたのですが・・手前のサービスエリアで念のためにトイレ休憩を取っていたのが幸いし、なんとインターを降りる数十メートル前で通行止めが解除となり、 結局スイスイの道を走る事が出来、殆ど遅くなる事もなく家に帰り着く事が出来ました。 
今回の旅行は何かと運が良く、とても楽しい旅の思い出が出来ました。