更新=2005.12.10
 加茂健・パソコン画作品集 (17)
@富士火口(2001.6)
 開設=2001.07.07 
前の作品
富士火口
   (426X284p)
        2001.6作
次の作品




 更新=2004.01.01 
 A帆船(2)(2001.6)
 開設=2001.07.07 

前の作品
帆船(2)
   (426X284p)
        2001.6作
次の作品




 更新=2004.01.01 
 Bオランダ運河(2001.6)
 開設=2001.07.07 

前の作品
オランダ運河
   (426X284p)
        2001.6作
ちょっと一言




ちょっと一言

今回はこの5月にハウステンボスに旅行されたときの旅行記、写真、帰宅後の作品などのご紹介の 特別号に致しました。



九州ハウステンボス旅行記

日本航空にて羽田出発

ハウステンボスにて 鷺沼の自宅を9:40に出て羽田空港に向う。甲府の旧長谷川電機 山梨工場にプラスチック工場を設置するため、福岡の岩崎通信機に空路出張調査 に出掛けた時以来二十二年振りのことである。
空港に到着して直ぐ搭乗受け付けカウンターで,車椅子をJALのものに 変える。出発時間まで一時間ほど余裕があったので、空港内のセシールと いう喫茶店で一服し,またお弁当屋さんで機内での昼食弁当を買った。
現在の羽田空港の設備、航空機そのものなどが二十年昔のそれと大幅に 変化しているのは当然のことだが、一番の驚きは、搭乗する顧客本人と 手荷物など検査が厳重を極めていたことであった。「怪しい物は決して 見逃すことはないぞ!」と言う気迫が察せられたことだ。健康な大人, 子供はもちろんのこと車椅子の老人に対しても同様である。でも検査が 終わって違反がないと分かるとその後は、空港の全ての職員が私のような 老人に対しては実に親切そのものであったことだ。
搭乗機の待機している場所までかなりの距離があったが、その間を担当 職員が専用エレベーター経由、リフト付き運搬車で付き添いの人達と一緒 に一般乗客のルートとは違った経路を通ってゆっくりした早さで連れて 行ってくれた。本日は私が最初で引き続いて男,女の2組が同じ運搬車で、 JAL機にはリフトで直接機内座席まで運び込んでくれた。 JAL機はほぼ定刻の12:50分空港を離陸した。
 
JAL機185便の離陸から着陸まで

滑走路を走行離陸して水平飛行する高度約11000mに達したのは 約3分後だったと思われる。水平飛行に入って最初に目に入った下界の風景は 芦ノ湖であった。
JAL機は日本の陸地をほぼ縦断のコースを通って九州に向った。本日は ほんとに運が良く天気は快晴で、雲一つなかったので機の揺れは全く無く 昨年乗車した新幹線より静かであった。左側窓際の座席に座っていた私は 窓に顔を附けるようにして下界を見ていたが、JAL機の左エンジンのほぼ 下に、富士山の薄く雪化粧をした頂上火口が明瞭に見えた時は驚いた。 こんな風景は余程運が良くなければ見れるものではないので、この日は飛行 コースが少し山梨県よりに飛行したため運良く富士火口が見えたのであって スチュワーデスの説明では富士山の真上を通るので富士山は見えないと言わ れていた。
JAL機が日本本土長野県岐阜県の山岳地帯を経て、琵琶湖上空を通り岡山 付近に到ると少し揺れが感じられ、同時に機と下界の間に薄い雲の走るのが 見受けられた。然しこれも間もなくなり微動だにしない元の飛行に戻った。
下関上空位置に来ると機は少し左方向に機首を変え長崎空港に向った。 長崎空港に到着したのはほぼ予定時刻で離陸から着陸までの所要時間は 約1時間50分であった。

ホテル日航ハウステンボスに向う

空港からタクシーでほぼ一時間掛ったが、通過した道路の両側に思いも しなかった内科、産婦人科、泌尿器科、歯科、外科、整形外科、各種病院等 到る所に医者に関わる看板が目にとまった。こんな多数の病院があって経営 が成り立つのかなー!と不思議な思いがフト頭を過った。答えを得る間もなく ハウステンボス日航ホテルに到着した。
出発から宿泊ホテル到着まで一睡もしていなかったので、さすがに疲れを 覚えると同時に307号室に入ってベッドに入ると直ぐ眠ってしまい、目が 覚めたのは眠りについてから約1時間半後のことだった。

Dream in the Skyの感激

晩食はホテル内のレストランで和定食。外はまだ明るかったのでオランダ 風景の象徴廻る風車を背景に写真を撮りまくった。 本日のメインイベント 「Dream in the Sky」を観覧するにはまだ時間があったので、オランダの 歴史をみるには船を利用した方が良いと船着場に向った。所要時間は約40分 位とのことだったので、今夜の目的地オレンジ広場に到着するまでには充分 な時間があった。乗船した顧客は私達を含めて僅かの人数だった。水路は オランダと言う国が、海面より低いところにあるため、洪水に悩まされる国で その対策に苦労を重ねてきたこと、それと海賊に何度となく襲われてこれに 対しても数々の対抗設備をして、被害を最小にした何世紀にも渉る歴史を知る ことが出来た。
途中瞑想にふけりながら水路を進む中にふと運河の白鳥に出合い、叉丘の 芝生で休養している水鳥を見て今いるのはオランダではなく、長崎の ハウステンボスなのだと現実に気付く。メインイベントは午後8:40〜9:50 頃までとのことだったが、オレンジ広場に到着した40分ほど前には、 いつのまに集まったのか満席に近い観光客が集まって来ていた。
オレンジ広場の夜景 観覧場所を確保してポップコーンをかじり、アイスコーヒーを飲みながら 待つこと幾ばくも無く周囲の電灯が一斉に消えた。 暗夜の前面,後方ビル外 数ヶ所に設けられたレーザー光線源と交響曲のバックミュージックで今夜の イベントが始った。光線は最初は細い線から逐次太い線に変わり音響も段々 激しくなって、いつの間にか見物している私達も自身出演しているかのような 錯覚に囚われて行った。花火の簡単なものから始って、打ち上げられる花火が 色,模様、耳を劈くような激しい花火が打ち上げられるとクライマックスは、 いつのまにか見物人自身が出演しているような雰囲気になっしまつた時である。 劇が終了して元の明るさに戻った時は感動で興奮していたようだ!車椅子に 乗ったままいつのまにか日航ホテルに向っていた。ホテルに着いたのは夜10時 を過ぎていた。

パレス ハウステンボス 壁画観覧

風車を背景に 昨夜はいつもと違って珍しく足が攣ることもなかったので,熟睡出来たようだ。 目が覚めてカーテンをあけて外をみると、昨日とは打って変わって曇り空、 朝食を取る頃から雨が降り出した。 車椅子に乗ってホテルを出る頃から本降り になってきた。
雨の中を一番遠いパレス宮殿まで行くのは無理と思われたので、係りの人に テンポス内のタクシーを呼んでもらった。タクシーの運転手は女性だった。 ゆっくりした速度で石畳の道路をテンボス村一番奥の宮殿に向った。ここでも 車椅子の顧客には親切でエレベーターのある別ルートで最初美術館の MCエッシャー展を案内してもらった。
永遠に流れ続ける滝やいつのまにか魚に変わる鳥といった(だまし絵)や、 白馬に乗った右向きの騎士がいつのまにか左向きの茶色の馬に乗った茶色騎士 に変わるという不思議な版画芸術を見ることが出来た。こんな珍しい芸術が あったとは知らなかった。
エッシャー展をみたあと、日本最大級のドーム壁画を見学することが出来た。 「反戦・平和」をテーマに、オランダの現代アーチィスト、ロブスフォルテ氏が 4年の歳月をかけて製作したと言う。 宮殿内のバラ園をみたあと、  ボヘミヤ、ベネチュアなど世界の美しいガラス工芸品の展示してある ギャマンミュウジアムを見学した。
次ぎにオランダで最も高い教会の塔を再現した(高さ105m、展望台80m) ドムトールン塔に登った。展望台からは大村湾を一望することが出来、 昨夜見たオレンジ広場や大型帆船も眼下に小さく見えた。
宮殿のバラ園 お昼が近くなったので、途中の店でお土産を買ったり、サンドウイッチなど 軽く昼食を食べて、曲芸を見たりしながら小雨の降る中を出口方向に車椅子を 進め、結局歩いてテンボスを出て、ホテルに帰った。雨に濡れて寒かったので, 手足がすっかり冷え込んでしまいホテルの暖かい部屋に入ってホットした。
私がホテルで眠っているあいだに、娘達は再びテンボス内に行き、 シーボルト出島蘭館、ポセイドン・アドベンチャーなどなど夕食迄雨の中を 遊び歩いてきたと言う。
晩食はホテル・レストランで「かつお」や「伊勢海老」の鉄板焼きコースを 頂きました。

ホテル日航を出て長崎空港に向う

21日は一日中雨で、いささか疲れたと見え、三人共熟睡したようだ。朝食を 和食ですまし、予約してあったタクシーで9:30分ホテルを出て、長崎空港 に向う。 道路は思ったより空いていたので、予定より早く空港に到着した。 車の中で運転手さんといろいろ話し合って入る内に、来長崎時疑問に思った お医者、病院の多い理由がわかった。西洋医学が長崎から輸入されていたからだ。 それにしても長崎の人たちはお医者に行くことが好きらしい?
叉、大村湾が第2次大戦時海軍の高速艇に魚雷を搭載した「神風特攻隊」 の訓練場があったとのこと、その記念館もあるとのことだった。
空港近くになって、カステラ(この御菓子も長崎が輸入元)の試食と お土産を買った。

JAL機に搭乗羽田に向う

長崎空港も搭乗時、車椅子のお客は一番先に機内まで案内してくれた。 帰路のJAL機の飛行コースは往路の時より少し南に下がって四国の上空を 飛行した。それと雨こそ降らなかったが、雲が多く下界は殆ど見えなかった。 羽田近くになって漸く雲が無くなり下界が見えるようになった。飛行時間は 往路より10分ほど短く、定刻通りだった。
長崎空港で買ったお握り弁当を機内で食べたが、お握りが特においしかった こと印象に残った。 羽田に到着後鷺沼自宅までは、高速バスで「たまプラザー」 行きに乗り無事帰宅。
リリーちゃん、ミミーちゃん、ミレイちゃん三匹揃って玄関まで迎えにでて くれました。可愛いい!

 5月24日                  加茂 健 
 


前の作品 元のページに戻るにはこの画面を閉じてください 次の作品

直接この頁に来られた方は ここをクリックして他のページもどうぞご覧下さい